俺の日本舞踊

「日本舞踊に関する情報が知りたい!」 このサイトでは日本舞踊を学ぶ人に、初心者向けからベテランの方、子供を習わせている親御様まで、日本舞踊の知識・上達のコツや伝統文化・着物の知識など、知ってて良かった!それが知りたかった!という情報をお届けします。

【取材】日本舞踊の発表会に潜入!

日本舞踊の発表会って、どんなの?

f:id:kachidokilife:20190813120634j:plain

花柳廸薫先生と薫乃会のみなさん
  • 知り合いに日本舞踊の発表会に誘われたけどどんな雰囲気なのか不安
  • 日本舞踊を始めてみようかと思っているけど発表会とかお金かかるって聞いてて不安…実際どうなんだろう

日本舞踊の公演ってまず目にする機会がないですよね。そこで今回、護国寺で日本舞踊教室を運営している、花柳廸薫(はなやぎみちかおる )先生にご協力いただき、特別に発表会を取材させていただきました!

日本舞踊の発表会って、どんなだろう?と思っている方、必見の内容です! 

取材させていただく花柳廸薫先生

f:id:kachidokilife:20190817214518j:plain

今回、取材に快く協力してくださったのは、護国寺で日本舞踊教室を開いていらっしゃる、花柳廸薫(はなやぎみちかおる:以下、廸薫)先生です。タカラジェンヌ、今は「日本文化の水先案内人」として、今回お邪魔する、日本舞踊教室「薫乃会」はじめ、舞踊家として、講師としてなど、さまざまな活動をされています。

今回取材させていただく発表会の概要

薫乃会(廸薫先生一門の名称) 浴衣浚い&シリーズ第15回 花柳廸薫  日本の情景を踊る~納涼 あやかしの風景~

第一部 薫乃会 浴衣浚い(ゆかたざらい)

長唄「寿」(劉佳)
長唄「関の小万」(大迫 茉奈)
大和楽「藤むらさき」(中泉 陽子)
長唄「夢」(上野 真弓)
長唄潮来出島」(片山 彰子)
清元「うぐいす」(中村 信恵)
長唄「松の緑」(志田みなみ)

第二部 ~納涼 あやかしの風景~

舞踊二題
長唄「もみじ葉 〜高尾懺悔より〜」

大和楽「きつね」

お話し

朗読「お札はがし(三遊亭圓朝口演『怪談牡丹灯籠』より)」
佐藤光生(友情出演)
なごみ会主宰/明治座アートクリエイト

日 時 8月3日(土) 13:30〜16:00
場 所 根岸 笹乃雪 JR山手線 鶯谷北口より徒歩3分

発表会は朝、お弁当の買い出しからはじまります

f:id:kachidokilife:20190813120751j:plain
f:id:kachidokilife:20190813120804j:plain
朝早くから準備は始まります

発表会の準備は朝8時からはじまりました。出演者のお弁当の買い出しです。会場近くに朝早くから空いているお店がないため、品川駅の駅弁屋さんへやって来ました。こんなに早くから準備は始まっているんですね!

会場、根岸の料亭「笹乃雪」さんへ

f:id:kachidokilife:20190813120937j:plain
f:id:kachidokilife:20190813120949j:plain
f:id:kachidokilife:20190813120952j:plain
f:id:kachidokilife:20190813120954j:plain
鶯谷駅から徒歩2分。老舗の料亭です

今日の発表会の会場は、鶯谷の豆腐料理の老舗「笹乃雪」です。舞台付きのお座敷があり、そこで発表会が行われます。

お弁当を持って到着するとすでにお弟子さんたちが準備を始めていらっしゃいました。

f:id:kachidokilife:20190813121132j:plain

座布団の敷き方にもあらわれるお出迎えの気持ち

f:id:kachidokilife:20190813105317j:plain

f:id:kachidokilife:20190813105154j:plain

みんなで準備

座布団は、ピシッと揃えることはもちろん、後ろの人が見やすいように交互にしたり、向きも、座布団カバーのファスナーが見えないように揃えたり。お客様を迎える気持ちが座布団の並べ方にも表れています。みんなで準備すると、こちらの気持ちも引き締まるようです。

 受付の準備も

f:id:kachidokilife:20190813121928j:plain

受付準備も入念に

会場の入り口では受付の準備です。入ったばかりで今日は舞台に上がらないお弟子さんと、応援で駆けつけてくれた先生のお友達が受付を担ってくださっています。ご案内方法などを確認&チェック。 

少しずつ開場が近づいてきました。本番前のリハーサルです。

会場の準備が終わって時間は10時。これから12時までがリハーサルです。

リハーサルは実際に舞台で曲を通して行われます。音楽、緞帳のタイミングも入念にチェック。

お弟子さんたちは、役者さんや会社員など、普段はお仕事をされている社会人の方ばかり。忙しいお仕事の合間を縫って、この1年間お稽古を重ねてこられました。あと3時間ほどでその成果の発表です。こちらにまで緊張感が伝わってきます。

f:id:kachidokilife:20190813122056j:plain

先生から最後のアドバイス

f:id:kachidokilife:20190817094606j:plain

f:id:kachidokilife:20190817094640j:plain
リハーサルが終わったら先生から最後のアドバイス。もうすぐ1年間の成果が出ます。みなさんの心境やいかに。

セッティング、照明、拍子木、舞台進行もみんなで

f:id:kachidokilife:20190817093800j:plain

f:id:kachidokilife:20190817093854j:plain

f:id:kachidokilife:20190817093921j:plain

踊りは一人ですが、会の運営はチームワークで!

舞台照明、進行(司会)、拍子木を鳴らす、緞帳を上げ下げする、こういった裏方も分担して行います。一見、単純な作業のようですが、他の人の演目の「間」「タイミング」がわかっていないと、雰囲気は台無しになってしまう繊細な作業でもあります。

「何でもやってみると勉強になります」とは廸薫先生の言葉。

 二部・朗読のリハーサル

f:id:kachidokilife:20190817094303j:plain

f:id:kachidokilife:20190817094208j:plain

怪談噺ということで背景の金の襖は取り除きました

今回の発表会は二部構成。後半は朗読の佐藤光生先生を迎えて、怪談「牡丹燈籠」の朗読のリハーサルです。怪談の世界がより伝わるように、舞台の背景や照明なども微妙に調整していきます。打ち合わせの結果、踊りの時の背景にあった金のふすまはとることになりました。このほうが怪談噺の雰囲気が出そうですね! 

集合して師匠の一声

f:id:kachidokilife:20190819192716j:plain

f:id:kachidokilife:20190817094900j:plain

いよいよリハーサルも終わり。開演を待つのみです

 集合して全員にアドバイスです。最後に締めの挨拶の練習をみんなでして、リハーサルは終了!

みんなでお昼ご飯

f:id:kachidokilife:20190817095012j:plain

f:id:kachidokilife:20190817095039j:plain

f:id:kachidokilife:20190817214620j:plain

本番前にほっと一息

控え室で、朝、品川駅で買ってきたお弁当をみんなでいただきます(私もご相伴に預かりました^^)。束の間の、ほっとする一息です。

お客様向けに抹茶とお菓子の準備

廸薫先生の発表会では、お客様に呈茶(抹茶をお出しする)のおもてなしをされています。出演者のお友達が応援に来てくださり、お抹茶とお菓子の準備です。

f:id:kachidokilife:20190817095257j:plain

f:id:kachidokilife:20190817095351j:plain

f:id:kachidokilife:20190817095336j:plain

f:id:kachidokilife:20190817095324j:plain

今回の発表会のテーマは「あやかし」。先生が披露される大和楽「きつね」にちなんで、こぎつねのお菓子です。かわいいですね。

f:id:kachidokilife:20190817095547j:plain

13時半になりました。ついに開場です!

f:id:kachidokilife:20190817095806j:plain

ついに開場!

13時半、開場しました。続々とお客さんが入ってきます。受付メンバーが受付し、他のメンバーが席にご案内します。ご来場の方へは基本全員に、別室でお抹茶をふるまうそうです。出番前ですが、気が抜けないですね。まさにみんなでおもてなしです。

f:id:kachidokilife:20190817100040j:plain

 開演です!

いよいよ発表会がはじまりました。最初のお二人は今回、初舞台。堂々と演技されています。 

f:id:kachidokilife:20190817100131j:plain

f:id:kachidokilife:20190817100143j:plain

初舞台のお二人

会場には60名を超えるお客さん。一番後ろの席でも舞台の上の人の表情がわかるくらいの距離感です。会場は程よい緊張感と和やかな雰囲気でした。

舞台袖では・・・?

さて、こうして始まった発表会ですが、ちょっと舞台袖に回ってみましょう。

f:id:kachidokilife:20190819185934j:plain
f:id:kachidokilife:20190819185923j:plain
舞台袖で・・・

廸薫先生が客席からは見えないところで、お弟子さんのガイドになるように踊っていらっしゃいました!リハーサルでは危なげなく踊っていらっしゃったみなさんですが、本番はなにが起こるかわかりません。突然覚えた振りがとんでしまう、なんていうこともありえます・・・先生が舞台袖に控えてくださっているというのは、なんとも心強いですね!

裏方も真剣!

f:id:kachidokilife:20190819191510j:plain
f:id:kachidokilife:20190819191558j:plain

本番の緊張感は当然、裏方にも、みなさん自分の出番も控えている中、一生懸命、務められています。一瞬も気を抜く暇がありません。

舞台上ではみなさんの踊りが披露されていきます。

f:id:kachidokilife:20190817100541j:plain

f:id:kachidokilife:20190817100547j:plain

f:id:kachidokilife:20190817100554j:plain

f:id:kachidokilife:20190817100600j:plain

f:id:kachidokilife:20190817100536j:plain

みなさん、それぞれの精一杯の踊りを表現されていました!「きれい」「かわいい」「かっこいい」「しとやか」「力強い」・・・演目によってさまざまな特徴があり、一つの演目の中でも表情が変化があるのが楽しいですね。

なじみの少ない作品を親しみやすく。演目の解説

f:id:kachidokilife:20190817101424j:plain

曲と朗読について、廸薫先生から解説です。日本舞踊は言葉遣いは古く、音楽も長唄や清元といった聞きなれない音楽ですので曲の意味が伝わりづらいものです。初めての人でも理解しやすいように解説を入れているそうです。

長唄 もみじ葉 〜高尾懺悔より〜

f:id:kachidokilife:20190817170902j:plain

f:id:kachidokilife:20190817170910j:plain

高尾懺悔より もみじ葉

傾城(=けいせい。男が城が傾くほど財産をつぎ込んでしまう魅力がある女性のこと)と呼ばれた高尾太夫(遊女の名前)が、亡霊となってあらわれ、生前の懺悔をする、という内容です。

MCの雰囲気とは打って変わって、テーマ通り、ここから会場は一気に「あやかし」の世界に・・・ 演技を通じて高尾の悲しみを感じとれたような気がいたしました。 

朗読・怪談「牡丹灯籠」

f:id:kachidokilife:20190817173907j:plain

怪談「牡丹灯籠」は落語家の三遊亭圓朝(さんゆうていえんちょう)作と伝えられる怪談噺です。恋に焦がれて死んでしまった娘と、その侍女の幽霊が男の元へ現れ、ついにとり殺してしまうという物語です。朗読家の佐藤光生さんと廸薫先生により語られました。
言葉だけで江戸の情景や、流されやすい人々の心、不気味で、どこか哀れな幽霊の様子など、牡丹灯籠の世界観が広がります。

最後は賑やかに手拍子入りの演目 大和楽「きつね」

f:id:kachidokilife:20190817174340j:plain

f:id:kachidokilife:20190817174353j:plain

f:id:kachidokilife:20190817174344j:plain

最後は大和楽の「きつね」という演目。手拍子も入り賑やかに、会場のお客様も一緒に手拍子で盛り上がります。

最後は会場みんなで三本締めにて終演

f:id:kachidokilife:20190817175050j:plain

f:id:kachidokilife:20190817174721j:plain

最後に出演者一同が舞台に上がり、挨拶と三本締めで閉幕となりました。

終わってもしばらく熱気は続く・・・

f:id:kachidokilife:20190817175153j:plain
終演となりましたが、しばらくは出演者とご友人、ご家族の方々とがお話しされたりで会場は熱気が続きます。私は参加できなかったのですが、このあと出演者とお客様との懇親会もこの会場で行われたそうです。笹乃雪のおいしい料理を食べながら、先生や出演者のみなさんとお話しできるのは良い機会ですね。

観客の存在があってはじめて100%という考え方

廸薫先生の言葉で印象に残った言葉があります。「稽古ではありえない。本番前のリハーサルで何とか80%に。そして本番観客の存在でプラス20%。これでやっと100%。この100%と言うのは『完璧』を意味するものでは無くパフォーマンスとして当たり前の水準であり、そこに更にパーセンテージが加算されるか否かによってその意義が問われる様に思います。」
みんなで作り上げる舞台、座布団の並べ方など、細部にも宿るお出迎えの気持ち、こういったものは、お客様に来ていただくことに対する素朴な感謝の気持ちに加え、根底に先生のこのような考え方があるのだなと思いました。

発表会の取材を終えて

f:id:kachidokilife:20190817175348j:plain

お客様とみんな一緒に

今回初めて、日本舞踊の発表会の取材を行いました。日本舞踊の発表会というと、少しお高いというか、堅苦しいイメージがありました。実際に準備から密着させていただいて、確かに、畳のお座敷に金のふすま、格調高い踊り、だったり、背筋が伸びるような雰囲気もありました。一方で、舞台と客席が近くて、出演者が近くに感じられたこと、くだけた踊り、親しみやすい踊りもありましたし、なによりみなさんで作っている会の雰囲気、迎えられているという感覚が心地よく、日本舞踊をより身近に感じるきっかけになりました。
取材に快く協力したいただいた「薫乃会」のみなさん、廸薫先生、どうもありがとうございました。

f:id:kachidokilife:20190819185920j:plain

みなさん、ありがとうございました。そしておつかれさまでした!

 

清元「お祭り(申酉(さるとり))」歌詞と解説

日本舞踊で人気の清元「お祭り(別名:申酉(さるとり))」の歌詞と解説です。

f:id:kachidokilife:20190801200835j:image

山王御祭礼図(歌川広重

清元「お祭り(申酉(さるとり))」の解説

f:id:kachidokilife:20190802031725j:image

日枝神社(公式HPより)

江戸の三大祭(浅草の三社祭、神田の神田祭、日枝(ひえ)神社の山王祭)のうち、日枝神社山王祭を題材にした演目です。

曲ができたのは1826年(文政九年)。その当時、共に「天下祭り」と呼ばれていた神田祭山王祭は隔年で行われており、その年開催だった山王祭に合わせて、江戸三座の一つ、市村座で初演されました。別名の「申酉(さるとり)」とは日枝神社のことで、江戸城から見て「申酉(西南西)」の方角にあることからそう呼ばれるようになりました。

f:id:kachidokilife:20190802031800j:image

日枝神社の場所。江戸城から西南西(申酉)に位置する

曲の中で、鳶頭が登場し決めのポーズをとると、大向こう(客席)から「待ってました!」と声がかかるのが定番となっており、それに対して演者が「待っていたとはありがてえ」と返す演出もあります。

清元「お祭り(申酉(さるとり))」の歌詞

猿鶏の花も盛の暑さにも、負けぬ気性と見かけから
言ずと知れしお祭の姿もすつかり其処等中

行届かせてこふもなく、此処では一つ彼処では頭々と  立てられて御機嫌ぢやのと町内の   家主方も夕日影、風も嬉しく戻り道
モシ皆さんも御苦労で御座やす、こんな中でうけさせるぢやあねへが、ほんの事だが聞て呉りや
自体去年の山帰、言ふは今さら過し秋
初の一座の連の内、面白さうな口合に
好いたが因果好かれたも、心に二つはないわいな
其の時彼奴が口癖に
あきらめて何の彼のと、ありや只の人、あか凡夫の我々なりやこそ、滅法けへに迷ひやす

お手が鳴るから銚子の替目と、あがつて見たればお客が三人、庄屋ぽんぽん狐拳
とぼけた色ではないかいな
よいよいよんやな
ヤレよい声かけや
ヤアひけやひけひけ引物にとりては  花に霞よ子の日の小松  初会の盃馴染の煙草盆  おしやらく娘の袖枕  嬶の履物  内裏女郎の召物  座頭の褌あやめに大根  御神木の  注連縄
又も引物は色色御座る、湯元細工のけん玉ぶり、そさま故なら心のたけを、しめし参らせ候べくの、人形筆うり此の首を、長く出したり縮めたり、何と鈍いぢや有まいか
実にも上なき獅子王の、万歳千秋限りなく、尽せぬ獅子の座頭と、お江戸の恵みぞ有難き

死と芸術と日本舞踊

今日は死と芸術の関係について考えたいと思います。人によっては、少しショッキングな内容かもしれませんので、最近知り合いを亡くした方や、怖いのが苦手な方には辛い内容になるかもしれませんので、記事を閉じていただけると幸いです。

芸術の役割は「死」を癒すことにある

日本舞踊は文化であり芸術です。そもそも芸術はなぜあるのでしょうか。私はそれを、人間に「死」があるからだと考えています。「死」を癒すことが、芸術の役割だと思うのです。

「死」の強烈さ

身近な人をなくした、尊敬する人をなくした、大好きな人をなくした。生きていれば誰しもが経験することです。喪失感、悲しみ、寂しさ、辛さ、心の痛み、後悔、虚無感・・・そこにはその人だけの悲しみがあります。それは人間がどうすることもできない強烈な体験です。

現代日本の死と近代以前の死の違い

一方で個々の体験から離れて歴史的な視点で「死」を眺めてみますと、現代の死は近代以前と比べると、かなり穏やかなものとなっていると思います。多くの人は病院や施設で死を迎え、死後は法事まで冷蔵保存され、死に化粧をし、きれいな姿のまま見送られます。

生きていた人間が腐り朽ち果てていく衝撃

近代以前はどうだったでしょうか。遺体の保存技術もなく、埋葬までは死臭を防ぐために線香をもうもうと焚きました。行き倒れなどで誰にも顧みられず朽ちていく遺体もたくさんあったことでしょう。

ついこの間まで生きていた人間、自分と話していた人間が亡くなり、亡骸からは死臭が漂いはじめ、肌は黒く、赤く死斑が出始める。見るもおぞましく、その人が、もうこの世のものではなくなった事実を情け容赦なく突きつけます。

作品名は忘れましたが、古い物語に、美しい恋人と死別した男が、その死を受け入れることができず、恋人と離れたくないと埋葬を拒み、彼女の亡骸とともに生活しはじめます。しかし亡骸はやがて腐敗しはじめ、変わり果てていき、耐えられなくなった恋人はようやく彼女の死を受け入れ埋葬を決意する、というストーリーでした。心はどれだけその人を求めていようと、遺体の腐敗という自然の摂理はどうしようもなく冷徹に、死の事実を男に受け入れさせたのです。

近代以前の死を想像してみる

縄文時代。狩猟や採集が生活手段の時代です。ともに危険が伴います。狩りでは獲物に反撃され傷を負うこともあるでしょう。山々を駆け回って、ケガは絶えません。傷口から雑菌が入り化膿して毒が全身に回り死に至ることもあったはずです。傷口から体が腐っていき、苦しみながら死んでいく仲間をどんな気持ちで見守ったでしょうか。あるいはオオカミに襲われたり、マンモスに突き殺されたりといったこともあったでしょう。悲惨です。

採集とて安全ではありません。毒草や毒キノコによる中毒死、滑落などによる事故死。肉食動物に襲われるなど、死の危険は常に存在します。

時代が下っても病気や事故、人々との争いによる死傷は今の時代より明らかに多かったはずです。理不尽な死、そして目の前で容赦なく腐敗していく遺体。一体、どれほどの辛さでしょうか。

死を癒やすものが「芸術」

現代でさえ当然辛い「死」。近代以前は栄養状態、公衆衛生、医療技術、どれをとっても低い水準で、今以上に死亡率、特に子供の死亡率が高く、死の悲しみや苦しみは現代以上に日常に存在し、「死」の苦しみを比較するのは憚られますが、あえて考えるとすると、近代以前の、死によって受けるストレスはひょっとすると現代のそれよりも大きく感じられるときのあったのではないかとさえ思うのです。そんな人々が求めたのが芸術だったのではないか。理屈では克服できない死の悲しみを癒すものとして、芸術が生まれ育ったのではないかか、と私は考えます。

近親者の死とそれに対峙したときの私の心境

「死」が辛いものだから芸術に救いを求める。いささか論理に飛躍があることは認めます。こう考えるようになったのには私のひとつの体験があります。先日、私の良く知った近親者が亡くなりました。一人暮らしであまり連絡を取らない人だったこともあり、発見が遅れて遺体の損傷が進んでいました。家の片づけをするために自宅に入り、亡くなった部屋も片付けました。亡くなった部屋に残った故人の痕跡を目の当たりにし、きれいごとではない「死」を目の前にして、今まで感じたことのない感情が私に起こりました。

しかし目の前のことをやらなければならない、湧き出る感情を一時停止して、冷静に片づけを終わらせました。部屋を片付け終わった後、我にかえった私は、なぜか無性に音楽が聴きたくなっていました。それは今までの「音楽が聴きたい」、という気持ちとは明らかに違う欲求でした。私にはそれが、受け止めきれない感情を癒すもの、処理しきれないストレスを別のものに昇華するための欲求のように感じられました。「そうか、きっと、この死に対する感情を癒すために芸術はあるんだ」とその時思ったのです。

芸術は「嗜好品」ではなく「必需品」

芸術の役割は「死」を癒すことにある、という私の考えはこの体験に基づいています。

この経験をする前まで、私は芸術やエンターテイメントは、「嗜好品」だと考えていました。生活が満ち足りた後に消費されるもの、ぜいたく品、趣味、娯楽ですね。しかしそれでは、大昔から音楽があり、踊りがあり、絵画があり、芸術が生まれ続けていたことの説明がつきません。縄文時代から芸術はあります。火焔式土器が有名ですね。明らかに実用とは違う意図で土器が形作られている。近代以前の時代もそうです。音楽、絵画、舞踊、彫刻、美しい芸術があります。貧しい庶民でも収穫を祝い、祖先を迎えるために歌を歌い踊りを踊りました。芸術は「嗜好品」ではなくいつでも「必需品」でした。

死を扱う日本舞踊の作品

死者が登場する作品には能から移された作品が多く見られます。例えば、「汐汲」「隅田川」「黒塚」などですね。世の中の不条理、悲劇、舞台でそれを見ることで、悲しい気持ちになるとともに、どこか心が癒される気がするのはなぜでしょうか。役に自分を重ね、ともに悲劇を経験することで心が安らぐのでしょうか。演劇として、ストーリーを外から眺めることで、自分ごととしては受け入れがたい不条理を、客観的に捉えられるからでしょうか。辛い気持ちは自分だけのものではない。先人も、これからの人も、誰しもが経験し乗り越えていくものなのだ、と他者との共通性を感じることで安心できるからでしょうか。

「癒し」と「日本舞踊」に役割はあるか

日本舞踊は音楽と詩(物語)、身体表現を融合させた舞踊芸術です。そこには大きな「癒し」の力のポテンシャルが秘められていると思います。それは、日本舞踊が日本人の心に寄り添って作られた、日本人のための芸術だからです。新鮮なこと、派手なこと、脳にガツンと刺激を与えるようなエンターテイメントはほかにも代わりがあります。私の中でまだこれというアイデアがあるわけではないのですが、日本舞踊には日本舞踊にしかできない「癒し」の力があるように思いますし、それを引き出す見せ方や、演出方法、作品作りなどに、いつか挑戦してみたいと思っています。

ツイッターもぜひ、フォローお願いします!ほぼ毎日、日本舞踊に関することをつぶやきす。

長唄「末広狩(すえひろがり)」歌詞と解説

日本舞踊で人気の長唄「末広狩(すえひろがり)」歌詞と解説です。

f:id:kachidokilife:20190717213553j:image

長唄「末広狩(すえひろがり)」解説

「末広がり」とは扇のこと。同題の狂言からとられた作品です。

この曲では「女大名」「太郎冠者(女大名の家来)」「傘売りのすっぱ(素っ破、詐欺師のこと)」が登場します。

ある日、女大名は太郎冠者に「地紙が良く、骨に磨きがかかっており、戯れ絵の描かれた末広」を買ってくるように命じます。

町に出た太郎冠者、実は「末広」がなんのことかさっぱりわかりません。そこで、大声で「末広を買おう」と言いながら町を歩き回ることにしました。それを見たすっぱは太郎冠者に近づき、言葉巧みに「紙と骨でできていて柄(え)がある傘」を売りつけてしまいます。

太郎冠者は意気揚々と女大名の元に戻りますが、古傘を大金はたいて買ってきたことを知った主人はカンカンに怒ります。困った太郎冠者は、すっぱに教わった「主人の機嫌が直る囃子もの」を舞い謡います。太郎冠者の舞に主人も機嫌を直し、最後は一緒に舞い踊る、というストーリーです。

長唄「末広狩(すえひろがり)」歌詞

描く舞台の松竹も 千代をこめたる彩色の 若緑なる シテとアド
まかり出でしも恥づかしさうに 声張り上げて 太郎冠者あるか 御前に 念無う早かった頼うだ人は今日もまた 恋の奴のお使ひか 返事待つ恋 忍ぶ恋 晴れて扇も名のみにて
ほんに心も白扇 いつか首尾して青骨の ゆるぐまいとの要の契り 固く締緒の縁結び
神を頼むの誓ひ事 濡れて色増す花の雨 傘をさすなら春日山 これも花の宴とて
人が飲みてさすなら 我も飲みてささうよ 花の盃 花傘
げにもさうよ やよ げにもさうよ げにまこと
四つの海 今ぞ治まる時津風 波の鼓の声澄みて 謡ふつ舞ふつ君が代
万々歳も限りなく 末広狩こそめでたけれ 末広狩こそめでたけれ

【取材】東京・埼玉でひっぱりだこ!心優しい熱血師匠~花伎稀世花(はなぎきよか)/埼玉(越谷市・せんげん台)~

埼玉越谷市せんげん台駅の日本舞踊教室、「花伎舞踊研究所(はなぎぶようけんきゅうじょ)」へ取材に行ってまいりました!

花伎稀世花(はなぎきよか)先生はすごくきさくで熱い先生です。お子様からシニアの方、プロの芸者さんまでたくさんのお弟子さんに囲まれて、東京・埼玉を駆け回っておられます。大変勉強熱心で基礎を大切にする指導はこどもから大人までたしかな技術が身につきます。そんな花伎先生へのインタビュー、ぜひ最後までお読みください!(興味を持たれた方は、最後に体験レッスンのご案内もございます)

f:id:kachidokilife:20190713155120j:plain

花伎稀世花(はなぎきよか)先生

基本情報

教室名:花伎舞踊研究所(はなぎぶようけんきゅうじょ)
代表:花伎稀世花(はなぎきよか)
教室:埼玉(越谷市せんげん台、春日部、武里)東京(麻布、青山)

4歳から70代まで多彩。子どもからプロの芸者さんまで

f:id:kachidokilife:20190713140605j:plain

お弟子さんたちと(前列右から3番目が花伎先生)

ー花伎舞踊研究所はどんな特徴がありますか?

(花伎)基礎を大切に、古典作品から、明治・大正・昭和初期に作られた新舞踊、歌謡曲で踊る歌謡舞踊まで幅広く教えています。うちはほんとに人が多彩ですね。今は東京、埼玉に20名ほどのお弟子さんがいますが、いろんな年代の方がいて、4歳のお弟子さんから70代の方までいらっしゃいます。学生さんも主婦もいますし、プロの芸者さんもいますよ。

-そうすると、お弟子さんの生活スタイルも様々だと思うのですが、実際のお稽古はどのようにされていますか?

f:id:kachidokilife:20190713140954j:plain

マンツーマンレッスンの様子

(花伎)今の方は忙しい方も多いので、その人のライフスタイルに合わせて、一回のお稽古時間やお稽古の頻度、スタイルもフレキシブルにしています。例えば、月に1回しか来れないので、その代わりに一回に2コマ分お稽古する、チケット制を利用して、都合のいいときに集中してお稽古する方もいますね。お稽古のスタイルも個人レッスン・団体レッスンから選ぶことができます。

ー発表会はどのようにされていますか?
毎年年始に、「舞初め(まいぞめ)」といって皆さん一曲ずつ披露してもらう会を開いています。

f:id:kachidokilife:20190713202004j:image
f:id:kachidokilife:20190713202008j:image

f:id:kachidokilife:20190713202001j:image

舞初めの様子

大きな舞台は4年に一度。「彩りの祭典」と称して、次回(2022年)でもう5回目になります。オープニングとフィナーレでは団体での合同曲もあります。衣装かつら付きで、4年間で習った曲を大舞台で披露します。複数曲踊るので大変ですが、それだけに出演者の満足度も高いようです。

f:id:kachidokilife:20190713145556p:plain

合同曲のお稽古

f:id:kachidokilife:20190713202039p:image
f:id:kachidokilife:20190713202048p:image
f:id:kachidokilife:20190713202053p:image

舞台裏の様子。お化粧、衣装も本格的!

f:id:kachidokilife:20190713202334j:image
f:id:kachidokilife:20190713202326j:image
f:id:kachidokilife:20190713202329j:image

4年に一度の大舞台「彩りの祭典」は去年4回目を無事終えました

発表会や、衣装かつらはお金もかかりますので、参加は自由です。他にも地域のボランティア公演などが不定期にあり、希望の方に出演してもらっています。

f:id:kachidokilife:20190713202533j:image
f:id:kachidokilife:20190713202505j:image

地域の慰問ステージの様子

そして、大舞台の後は必ず、初心を忘れないために、基礎練習に戻るようにしています。

-地域活動から大舞台まで、たくさんの選択肢から発表の場を選ぶことができるのは魅力的ですね。

古典から新舞踊まで「基礎」を大切にして指導

f:id:kachidokilife:20190713202610j:image
f:id:kachidokilife:20190713202607j:image

団体レッスンの様子。お辞儀や立ち・座りの動作から丁寧に指導

ー「基礎」というお言葉がでましたが、教える上で大切にされているポイント、ということでしょうか?

(花伎)はい、花伎舞踊研究所では基礎をとても大切にしています。野球に素振りがあったり、バレエにバーレッスンがあるように何にでも基本動作の練習がありますよね。日本舞踊も同じです。教室によっては、そういうものはなしに、いきなり振りから教える方もいらっしゃるようですが、花伎舞踊研究所では、立ち・座りから始まり、手の動きや肩などの体の部分の動き一つ一つを丁寧に教えますよ。
教え始めて間もないころ、50代の方を教えているときに思ったんです。私は日本舞踊を始めた6歳からたくさんの曲を踊ってきた積み重ねがある。でもこの方たちにはたくさんの曲をやる時間がない。では、曲ではなく「基本」を教えたら、大げさかもしれないけど10年は先へ進めるんじゃないかと。それから自分自身も日本舞踊の基本の動きを学び、教えるときも大切にしています。

Youtube、インスタ、カレンダー共有・・・古い世界だからこそ新しいことに貪欲

f:id:kachidokilife:20190713201525j:image

花伎先生の教室ではお稽古動画の活用もOK。忙しい人の復習に

ー花伎先生の教室は、HPにも書いてありますが、動画の活用、カレンダー共有、Youtubeなど、積極的に新しい方法を取り入れていらっしゃいますよね。
(花伎)20人ともなると、個別にスケジュール調整も大変です。みんなGoogleのアカウントは持ってる。そしたらGoogleカレンダーが使えるよね、ということで、私の空き予定をGoogleカレンダーで公開して、お弟子さんから予定を入れられるようにしています。動画も、毎週お稽古に来られれば良いのですけれど、それができない方や、自宅で復習したい人は持って帰ってもらっています。最近はYoutubeでは発表会前の合同稽古の様子や舞台裏の写真をYoutubeにアップしていています。
ーお弟子さんや、これから始めようかと思っている人に喜ばれそうですね。

YOUTUBEではお稽古風景や基礎動作の解説など様々な動画を配信

ー先生が日本舞踊を始めたきっかけは何ですか?

f:id:kachidokilife:20190713202636j:image
f:id:kachidokilife:20190713202642j:image
f:id:kachidokilife:20190713202640j:image

子供のころのお写真

(花伎)日本舞踊を始めたのは6歳のころ。体が弱く 母が何か習い事でもと考えたようです。当時は世間一般的に、バレエ・ピアノ・お琴・日本舞踊が習い事の定番でした。私は、着物を着せて貰う事が何よりも好きで着物を着ることが楽しみで通っていました。
日本舞踊そのものが楽しいと感じたはじめたのは高校生になってからです。流派を通じて出会った先輩や、素晴らしい先生方に尊敬と憧れを抱き、目標もできて日本舞踊が大好きになりました。そこから曲の歌詞の意味や歴史などにも興味は広がり、演じる楽しさも知りました。

ー日本舞踊を仕事にしようと思ったのはいつですか?

27歳でシングルマザーになって、29歳の時に、この先30年を会社と家の往復で終わりたくないと考えて舞踊家の道を模索しました。激務で殆ど家にいない私に娘から「お母さんじゃない!」ときつーい一言をもらったこともひとつのきっかけです。国立劇場歌舞伎座などの大舞台に出演するのも日本舞踊家の活動の一つですが、日本舞踊の楽しみ方はそれだけではない。私は、同じ趣味、価値観の人とお茶を飲みながら、地域の方たちが集まってくれる町のお師匠さんになろうとその時、決意しました。

「紫陽花」に込めた決意

f:id:kachidokilife:20190713152837j:plain
f:id:kachidokilife:20190713152922j:plain

紫陽花がモチーフのシンボルマークには「みんなが集まって一つの花になる」という意味が込められている

(花伎)花伎のシンボルマークは紫陽花がモチーフです。6月設立なのと、小さなガク(楽)が沢山集まって(皆が)1つの花になる。花言葉も「移り気」のほかに「家族団欒」という意味もあります。
「地域の方たちが集まってくれる町のお師匠さん」という作った時の思いを忘れることないように。業者さんに案を頂きましたがしっくりこなくて、最終的には私が自分で創作しました(笑)
そんなこんなでスタートした教室ですが、最初は会社員・女優業と並行して、地域の公民館の無料講座からはじめました。そこから少しずつお弟子さんを増やしていきまして、39歳の時に独立しました。

「自分のやりたいことをやる」39歳で独立

f:id:kachidokilife:20190713154920p:plain

(花伎)ついに39歳で古典の伝統ある流派から離れ、「花伎流(はなぎりゅう)」を創流しました。当時、師範でお弟子さんもいたのですが、組織のルールであったり、経営方針だったりというところに納得がいかなかったり、自分の価値観と合わないと感じることが多くなってきたんですね。そういうものを否定するわけではないのですが、自分はやりたいようにやりたい!という気持ちが強かったので、思い切って流派を飛び出しました。信頼していた友人と、困ったときに相談することにしていた占い師さんに(笑)独立しようかと思っていると話すと、二人とも「やれるよ」と言ってもらいましたので、思い切って独立を選びました。「花伎」という名前もその時につけてもらったものです。

教え子にはプロの芸者さんも

f:id:kachidokilife:20190713202649j:image
f:id:kachidokilife:20190713202652j:image

向島で活躍しているお弟子さんの、さくらさん、ちえみさん

(花伎)独立以来、約20年で200人以上のお弟子さんを教えてきました。中には芸者さんとして本格的に芸の道に進んだ方もいます。彼女は私が専門学校の講師をしていた時の学生さんで、わざわざHPを見て直接連絡をくれ、個人稽古を始めました。いまでは向島で芸者さんとして活躍しています。
ほかには歌謡曲の振付やテレビドラマの所作指導、女優としても活動していました。

f:id:kachidokilife:20190713153837j:plain

東映50周年記念映画「千年の恋」出演時

東京・埼玉でひっぱりだこの日々

f:id:kachidokilife:20190713154737p:plain

(花伎)花伎舞踊研究所のお稽古場は、せんげん台、春日部、武里、麻布、青山にあります。せんげん台が本部で、他の場所は決まった曜日に開講しています。東京や埼玉のほかの場所は、弟子さんから、ここでやってくれないか?という声をもらったりして、広げてきました。

若くて元気な後継者をたくさん育てたい

f:id:kachidokilife:20190713202739p:image
ーこれからやりたいことはなんですか?
(花伎)日本舞踊を若い人に伝えていきたいですね。特に20代くらいの人は、新しいことを素直にどんどん吸収していける年齢。私も結婚、子育て、OL、起業などさまざまな経験を経てきました。日本舞踊はもちろんのこと、この年齢だからこそアドバイスできることもあるのでは、と思っています。
また、小さいお子さんを指導する若くて元気な後継者を沢山育てたいです。お子さんの指導には、体力が必須。飛んだり跳ねたりひっくり返ったり(笑)この年でひっくり返るは、流石にきつくなってきたので代わりにひっくり返ってくださる方が欲しいです(笑)

4年後の舞台の成功に向けて

(花伎)4年に一度、大きな舞台に出るチャンスを作っています。次は2022年なのですが、その時までにはいまの20人から、30人くらいの教室にして、みんなで舞台を成功させたいと思っています。

 

ーインタビュアーの感想
花伎先生はとっても親しみある、そして熱い先生でした。初対面の私でも少し話しただけで、なにか前からの知り合いだったような、そんなつい心を開いてしまうような方です。
それだけなく、大きな組織を飛び出して、20年近くやってこられた実績、それを生み出しているパッションを、お話しされるエネルギッシュな言葉からひしひしと感じました。それが、たくさんのお弟子さんに慕われる人間力なのかなと思います。

花伎稀世花先生に習ってみたい方はこちら

花伎稀世花先生に日本舞踊を習ってみたい方は、まずは体験レッスンを申し込んでください。埼玉、東京教室、いずれも受付中です。

体験レッスン詳細

各教室にて体験レッスン受付中です。詳細は下記リンクから。

各教室の案内ページ

お問い合わせはこちら

住所:埼玉県春日部市大枝826(事務局)
電話番号:050-5273-9898

お問い合わせフォーム:お問合せ|花伎舞踊研究所

教室HP:埼玉・青山・表参道・麻布・東京で「日舞」のお稽古|花伎舞踊研究所|日本舞踊をより身近に…

ツイッターもぜひ、フォローお願いします!ほぼ毎日、日本舞踊に関することをつぶやきす。

【取材】アクション俳優から180°の転身!伝統の上に可能性を追究する表現者・指導者~千翠珠煌(せんすいたまき)/千葉(市川市・八幡)~

千葉県の市川市、八幡の日本舞踊教室「千翠珠煌舞踊研究所」へ取材へ行ってまいりました。

千翠先生はアクション俳優から日本舞踊の世界へ。伝統を大切にしつつ指導者として、そして表現者としてさまざまな挑戦をされています。

ぜひ、最後までお読みください!

基本情報

教室名:千翠珠煌舞踊研究所(せんすいたまきぶようけんきゅうじょ)

代表:千翠珠煌(せんすいたまき)

教室:千葉(市川市・八幡)

2018年はデザインフェスタ出演がきっかけでマレーシア公演が実現

f:id:kachidokilife:20190711090020j:image

マレーシアの路上でパフォーマンス。名取で娘の千翠梓渚(あずさ)と

-教室のことをお伺いする前に、先日行われたと伺っております、海外公演の様子を教えていただけますか?

(千翠)2018年5月、東京ビックサイトで行われた、デザインフェスタのステージで創作舞踊を披露しました。たまたまそれを見ていただいたことがご縁でお声がけいただき、名取の娘と、和太鼓集団の方たちと組んで、マレーシアで日本舞踊公演を行いました。現地日本食店のオープニングイベントでしたが、2週間に渡る大規模なものでした。会場だけでなく路上パフォーマンスなども行いまして、現地の方から想像以上にたくさんお声かけいただきました。

-「千翠流舞」という看板も掲げられていますよね

はい、千翠流舞はパフォーマンスを行う団体で、ショーやイベントも請け負っています。

倉田保昭にあこがれてアクションクラブへ。スーツアクターとしても活躍

f:id:kachidokilife:20190711090112j:image

アクション俳優時代のお写真

-千翠先生は、古典的な日本舞踊はもちろん、創作舞踊や殺陣(たて)なども得意とされているんですよね。それはなぜですか?

(千翠)実は私のルーツは最初から日本舞踊ではなくて、13歳の時、倉田保昭さんに憧れて入った、アクションクラブにあります。3時間のレッスンを週に3回。殺陣、現代アクション、空手アクションなど、本当に楽しくてしょうがなくて、レッスンがない時でも友達と自主的に練習するほどでした。テレビのお仕事もしていて、スーツアクターとして「バトルフィーバーJ」などに出演したこともあります。

倉田保昭…アクション俳優。日本だけでなく香港でも活躍。代表出演作品に「Gメン’75」など)

バトルフィーバーJ…1979~80年にかけて放送されたスーパー戦隊シリーズ作品)

アクションに燃え尽きた・・・その後の日本舞踊との偶然の出会い

f:id:kachidokilife:20190711093248j:image

長唄「藤娘」

f:id:kachidokilife:20190711090435j:image

長唄越後獅子

-子供の頃からご活躍さなっていたんですね。それでは、千翠珠煌先生が日本舞踊をはじめたきっかけはなんですか?

(千翠)アクションにどっぷりつかっていた私ですが、高校三年の時に、これまで情熱を注いできたアクションやお芝居に、ふと息切れをおこしてしまったと言いますか、燃え尽きたようになってしまったんです。そんなとき、たまた東映のプロデューサーをしていた知人の紹介で出会ったのが日本舞踊でした。

最初は下に見ていた(?)日本舞踊に、のめりこんでいった理由

(千翠)トレーニングを重ねてアクションを追究している人たちから見て、日本舞踊はゆったりしていますし、言ってしまえば下に見ているわけです。でもそんな日本舞踊にしだいにのめりこんでいきました。


-なぜでしょうか?

(千翠)私のついた先生は、あまりはっきりと教えない人でした。自然とできてしまうので、なぜできるのか、どうやったらできるようになるかを先生が説明できない。「自然とそうなるんだよ」と言われますが、自分はどうやっても同じようにならない。上手くいかないからこそ、それにのめりこんでいったのかもしれません。結局、知り合いの勧めで始めた日本舞踊でしたがその流派で師範までとりました。

一方で、私は創作や、現代曲で踊ったり、他のジャンルの方とのコラボレーションなどにとても興味がありましたが、その流派の主流は古典で、披露できる機会を持つのがどうしても難しかったので、最終的には流派をやめ、自分の道をいくことにしました。


-すぐに千翠流を作られたのですか?

f:id:kachidokilife:20190711091146j:image

先生と教室の皆さん

(千翠)いえ、実は流派を辞めてからすぐに娘が生まれ、2年ほどは育児にかかりきりになり、踊りは一切やっていませんでした。でも、子供をあやしていると、勝手にあやし方が踊りの振りになるといいますか笑。そういうこともあって、また踊りをやりたいという気持ちになり、舞踊家としての活動を再開しました。最初は、近所の30人ほどのフリースペースでミニ公演からスタートしました。少しずつ回を重ねるうちに近所のママさんが教えてほしい、と言ってくださるようになり、教室を開きました。最初は流派なども特に名乗るつもりもなかったのですが、日本舞踊というと必ず、「何流ですか?」という話になるので、ないのも逆に不自由だということで「千翠流」としました。実はあまりこの名前に深い意味はなく、画数と言葉の響きで決めています笑

受け継いだものを大切に自分のものを重ねて本物を目指す

-千翠流日本舞踊教室のこだわりはありますか?

f:id:kachidokilife:20190711091249j:image
f:id:kachidokilife:20190711091245j:image

(千翠)子供には日本舞踊を通じて「礼儀作法」を身につけてほしいと思っています。もちろんそれだけではなく、お子さんには楽しんで踊ってもらえるように、音やリズムを重視して曲を選んでいます。「かっぱなにさま?かっぱさま!」や「うめぼしのうた(ダントツ人気!)」のような曲がお子さんには人気がありますよ。

千翠流では「本物」を目指していきたい

f:id:kachidokilife:20190711093015j:image

イラヨイ月夜浜(加藤登紀子編曲)

(千翠)千翠流では「本物」を目指していきたいという思いがあります。日本舞踊は、決まったものを継いでいくというより、重ねていくものだと思っています。絵画でも、画家は一人一人違うものを描いているようで、技術や画法は積み重ねられてきたものを学んで、そこからオリジナルを出していますよね。日本舞踊も同じです。積み重ねられてきた技術や伝統に、自分のものを重ねると、それが唯一無二の「本物」になると思っています。


-これからやりたいことはありますか?

f:id:kachidokilife:20190711090946j:image

白鳥の湖葉加瀬太郎編曲)

舞踊家としては、同じような感性を持った人と交流していきたいです。例えばいろんな和楽器の人とコラボするとか。また、若い人に見に来てほしいとも思っているので、例えば渋谷の「La.mamaラママ)」で踊ったら面白いだろうな、など考えています。

教室としては、まだまだ少人数なので、30人くらいの教室へ、仲間を増やしていきたいです。

La.mamaラママ)…渋谷にあるライブハウス)


-夏には地元で公演をされるそうですね

「千舞祭」と題しまして、日本舞踊と創作舞踊ショーの公演をやります。

f:id:kachidokilife:20190711093413j:image

仲の良い他流派の先生方や東京表現高等学院MIICAの生徒さんたちにも協力してもらっています。小学生からこの教室に通い続けて、来年大学生になる弟子がこの度、名取になりますので、その名披露目(なびろめ)も兼ねております。

-いろんな方が参加され、演目も多彩で「舞踊会」ではなく、「祭」という表現がぴったりですね

 

-インタビュアーの感想

千翠先生には、京成八幡駅から徒歩5分ほど、閑静な住宅街にあるご自宅のお稽古場でお話を伺いました。殺陣などもご指導される関係から、天井の高い、素敵なお稽古場でした。

千翠珠煌先生は日本舞踊の古典の概念にとらわれず、ピアソラリベルタンゴバッハのバイオリン協奏曲など邦楽の枠すら飛び越えて自ら精力的に振りをつけて踊っていらっしゃいます。千翠先生と話していると、「表現者」として前例にとらわれず「あんなことやこんなことをやってみたい」という好奇心、そして「指導者」として踊る楽しさを知ってほしいというお気持ちをともに強く感じました。

千翠珠煌先生に習ってみたい方はこちら

千翠珠煌先生に日本舞踊を習ってみたい方は、まずは体験レッスンを申し込んでください。

f:id:kachidokilife:20190711094357j:image

体験レッスン詳細

体験レッスン | 千翠流

お問い合わせはこちら

住所:千葉県市川市菅野

電話番号:080 6749 0180
mail : 1436yamk@jcom.zaq.ne.jp

アクセス:JR八幡駅から徒歩約10分、京成八幡駅から徒歩約5分

ツイッターもぜひ、フォローお願いします!ほぼ毎日、日本舞踊に関することをつぶやきす。

日本舞踊の発表会を見に来た人が味わう恐怖の三重苦について

今日はちょっと切ない話をあえてしようと思います。それは、日本舞踊の発表会に初めて来た人のわりと大半が味わう恐怖の三重苦「聞きとれない、理解できない、ノれない」についてです。会場によってはここに「足が痺れる」が加わって四重苦になります。苦しみばかり強調しても悲しくなりますので、私なりの解決案も提示しておきます。

1.歌詞が聞きとれない

2.意味が理解できない

3.音楽にノれない

4.解決案「デジタルパンフレット」

5.解決案「ストーリーの事前共有」

6.それでも興味を持って欲しいから

日本舞踊の発表会に知り合いや家族を誘うことがあるでしょう。日本舞踊興味ある!と言ってくれる人もいれば、お付き合いの人もいるでしょうが、まあまあの割合でこれらの苦しみを味わうことになります。それでも日本舞踊を楽しんで欲しいから。興味を持って欲しいから。披露する側の私たちがちゃんとそれを理解し、解決案を考えねばならんと思うわけです。

これでは、一つずつ解決していきます。最後には私なりの解決案もご提案いたしますね。

1.歌詞が聞きとれない

まず、踊りが始まっても歌詞が聞きとれません!長唄、清元、常磐津?違いなんてどうでもいい。わかるように歌ってくれ!

日本舞踊の曲は、語りの部分はまだマシですが謡いは長〜く伸ばして歌われる部分も多いで歌詞を追うのが大変です。増して古い言葉ですから、聞きとれても言葉として入ってきません。最初は頑張って聞こうとしますが頭は「???」。やがて諦めます。そこまで来ると、たまに単語が聞き取れると「やった!聞きとれた!」となりますが、すぐに霧の中に入ってしまいガッカリ。これが最初の「歌詞が聞きとれない」です。

2.意味が理解できない

歌詞がわからなかったらパンフレットがあったよ!これに歌詞が書いてある!でも…古い言葉はわかりません。いや、6割くらいはわかるかな?でもこの単語とこの単語がわからないから結局、大事なところがわかりません!例えば長唄で有名な「松の緑」から最初の歌詞。

「今年より 千たび迎うる 春毎に
なおも深めに 松のみどりか 禿の名ある
二葉の色に 太夫の風 吹き通う
松の位の 外八文字」

これ、なにも知らない人が読むとどんな印象になるでしょうか。

初心者の私「千たび迎うる?迎うるは迎えるってことか。千たび?千の旅?それとも足袋?千回ってこと?多すぎない?春毎?はるまい?普通に読めないんだけど…なおも深めに松の緑か?深めって、なにか沈んでるの?深めのところに何かあるの?禿ってなに?はげ?名あるっていわれても名前はなんなの?二葉の色は葉っぱの色ってことかな。太夫の風?なにそれ?松の位?位ってことは役職かな?外八文字ってなんだよ!

とてつもない数の「?」が頭の中を駆け巡り、単語をつないでなんとなくわかる言葉のイメージだけがぼんやり頭に浮かんでは消え…歌詞が聞きとれずわからないからパンフレットを見たのに、わかったところで理解できないという絶望を味合わせてくれます。

3.音楽にノれない

歌詞の意味とかわかんなくても音楽があるからいい!英語の歌とか意味わかんなくてもカッコいいじゃない!

これは、通用しないのはわかりますよね。邦楽独特のノリにいきなり馴染めるかと言うと普通の人は馴染めません。リズム刻んでないしテンポは揺れるしサビもないし。ダンスはよくわからないけど、音楽だけ聞いて楽しもう。これは無理。音楽に逃げられないのが日本舞踊です。

4.解決案「デジタルパンフレット」

日本舞踊は初見で見て楽しいかと言われると、なかなか難しいものです。ある程度、今の理解を必要とするからです。そこで解決の一助となるのがデジタルのパンフレットです。要は開催当日に配るパンフレットをデジタル化して、来場者に事前に共有しておきます。そこへ演目解説を載せておきます。読まない人は読みませんが、興味がある人は読みますし、そうするとその人については当日、より楽しめることになるでしょう。

5.解説案「ストーリーの事前共有」

こちらも、開催前のアクションです。あらかじめ撮影した稽古風景をスライドショー的な動画にして、デジタルパンフレットとともに来場者に共有します。来場者にとって発表会の出演者は殆どが赤の他人です。しかしお稽古風景など、日本舞踊に一生懸命に取り組む姿をシェアすることで、自分の知り合いだけでなく、ほかの参加者にも親近感がわき、発表会もより楽しむことができます。つまり参加者の「ストーリー」を見せることで興味関心を喚起することができるのです。

こちらに関してはこちらの記事に詳しく書きました。

発表会前に稽古の動画を公開するのがイケてるという話

 6.それでも興味を持って欲しいから

三重苦などという煽った書き方をしましたが、私はたとえお付き合いで仕方なく来た人にも、全然興味がなかった人にも、少しでも「日本舞踊」ってちょっとおもしろいな、と思って帰ってもらいたい。そのためのおぜん立てできることはないか、と考えています。日本舞踊を楽しめる人が、前提として持っている、考え方や知識などを参考に、また面白くないと思う人が、面白くないと思う理由を考えていけば、良いアイデアがあるはです。

また良いアイデア、効果のあった施策がありましたら記事にしていこうと思います。