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安珍と清姫の物語【道成寺もののルーツ】

日本舞踊と「安珍清姫の物語」

京鹿子娘道成寺」「紀州道成寺」「さくら道成寺」「初桜道成寺」など、数々の「道成寺もの」のルーツとなった「安珍清姫の物語」をご紹介します。

日本舞踊だけでなく、能、歌舞伎、沖縄の組踊など、さまざまな芸能に登場する物語です。もともとは古くから伝わる「安珍清姫伝説」を元に、能において「道成寺」という演目が作られ、歌舞伎へ取り入れられたものが日本舞踊の演目としても取り上げられている、という経緯があります。

蛇が登場する昔話は古くは古事記にも見え、説話として登場するのは平安時代の「今昔物語集」「大日本法華験記」、以降さまざまな伝承が存在しますが、今回は一般的に知られているストーリーをご紹介いたします。

 

安珍清姫の物語

昔々、街道を行く若い僧がおりました。僧の足取りは焦り、急ぎ、乱れておりました。

その理由は三日前にさかのぼります…

奥州白河の若き修行僧・安珍熊野大社へ詣でるため、旅をしておりました。途中、紀伊の国は真砂の庄司という庄屋の元へ、一夜の宿を乞います。

庄司の家には清姫という娘がおりました。清姫は若く美しい僧・安珍をひと目で好きになります。それは清姫を見た安珍も同じでした。二人はその日、夜遅くまで語り合い、お互いの気持ちを打ち明けました。

次の朝、安珍熊野詣での帰りには必ずまた、清姫の元を訪れる、と約束し熊野大社へと発ちました。清姫はまた会うことを心待ちに安珍を見送ります。

熊野大社へ着いた安珍ですが、熊野の僧たちはすぐさま安珍の心の迷いを見抜きます。僧侶たちに諭された安珍は、修業中の身である立場でふつつかであったと改心し、清姫のところへは寄らず、違う道を帰ることにしました。

安珍様、なぜ姿をお見せにならないの?もう約束の日なのに…」

約束の日になっても現れない安珍清姫はいてもたってもいられず街道へ歩き出て旅人へ声をかけます。

「あの、もし、熊野詣からお帰りの、若いお坊様を見かけませんでしたか?」

そして、安珍が別の道を帰ったことを知った清姫。混乱しながらも街道を、安珍を追って駆け始めます。

安珍日高川渡し船で渡るところ。そこへ、もう、狂ったようになりながら清姫が追いかけてきました。

「はよう舟を出してくだされ!はよう!」

安珍の乗った渡し船を追って川へ入った清姫は、溺れて川へ沈んでしまいます。しかし安珍への思い断ち切れぬ清姫は、口から火を噴く大蛇へと姿を変え、逃げる安珍を追い続けます。

川を渡った安珍紀州道成寺へ駆け込み、助けを乞いました。

「自らが招いたこととはいえ、いま、追われております。どうか、かくまってはもらえませんでしょうか」

住職は安珍をかくまうことにしたが、隠れるような場所はありません。考えた住職は寺の釣鐘を下ろさせ、その中へ安珍を隠します。安珍は釣鐘の中で一心にお経を唱え続けます。

大蛇となった清姫道成寺へたどり着き安珍を探しますが、その姿は見当たりません。怒り狂った大蛇は境内に置かれた釣鐘へ取りつき、真っ赤な炎を吐き続け、とうとう安珍は釣鐘の中で焼け死んでしまいました。

この釣鐘は今でも残り、毎年清姫の怨念を鎮めるため、鐘供養が行われているということです。

 

 

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